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ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

あの物語のその後 凡事徹底が、異常へと昇華する  ちいさこべえ、ジョジョ、イーストウッド、ドラゴンボール

あまりジョジョと離れる話のようで恐縮ですが、望月ミネタロウ「ちいさこべえ」の話です。

 


望月ミネタロウ「ちいさこべえ」という漫画の1巻が発売されていて、購入し読んだ。

山本周五郎が書いた江戸時代の小説を、2012~13年の現代に置き換えている。大工のありようと子供を育てる町の様子、子供や主人公(男と女)の成長を描いていくだろう漫画。

望月ミネタロウ(峯太郎)の漫画は、橋本治のバタ足金魚 書評がきっかけで読み始めた。ドラゴンヘッド座敷女 ホラー・サスペンス系の漫画が有名で、荒木先生も1996年頃 ユリイカのインタビューでドラゴンヘッドを褒めていた。(バタ足金魚は、よく分からなかったとも)

ちいさこべえは、ホラー・サスペンスを軸にしたお話ではなく、キャラクターの生活感や心情、ふとしたしぐさや振る舞いからにじみ出る人情を描写しようとしている作品だ。映画の掟の分類にそえば、芸術系の作品に属する。

ちいさこべえは、バタ足金魚→お茶の間で描かれた、「薫とソノコ」のその後を描いたような作品になっている。1巻を読んだ限りで、そうなるだろう感じがした。

薫とソノコの物語は、薫がオリンピックで雄たけびを上げる場面の「未完」で時が止まって、その後の展開は現代(現実)を生きる読者に委ねられたかのような、そんな終わり方であり印象を受けた。これは、この漫画を初めて読んだとき自分が20歳で、同年代だったことによるだろう。

ちいさこべえの茂次とりつは、
薫とソノコのようにおしゃべりではないが、人生や運命に抗って己を通そうとするスピリットは通底している。
薫とソノコは未婚で、まだ子供はいなかったが、ちいさこべえは5人の孤児を大工の一家が引き取って育てていく話だ。
作者である望月氏自身の時間的成長(変化?)と共に、漫画で描かれる主題も変わってきつつあるのだろうが、絵からにじみ出るしっとりした情感は昔から変わらず、読んでいて安心する。


ちいさこべえは、形を変えたお茶の間の続編である。
作品そのものは違うタイトルでありながら、
作者が同一・類似のテーマを描き続けるため、「あの物語のその後」が描かれた事例である。

ドラゴンボールが1995年に連載を終え、2004年にラストシーンが書き加えられた事例を前項で述べた。
最近に公開された劇場版では、ブウ編のラストを承継する形で、ギャグテイストが織り交じったバトルものになっているらしい。
まだ映画を見ていないので何とも言えないが、一つの作品の舞台が引き継がれ、作者自身や共同のスタッフによって語りなおされ、語り継がれていくのも幸福なことだろう。

ジョジョは、幸いにも作者自身が25年 連なるシリーズを描き続け、同一・類似のテーマを語りなおし続けている作品である。
7部SBRは、1部を中心に1~3部のプロット・テーマをリメイクし、語りなおした作品であった。
8部ジョジョリオンには、4部杜王町との関連はあまり見えないが、これからの展開ーー町を守る意志や、シリアルキラーの悲しみーーなどが、新たに要素として加わってくるのかもしれない。(主人公の記憶探しと遺体の謎で、物語が終わってしまう気もするけど)

荒木先生のインタビュー、実際の作品を読んでいると、
ジョジョは3部で一回終わり、4部でネタがつき、5部を根性で書き上げ、6部で世界観が断絶している。
7部、8部は1~6部の展開を踏まえて、時点時点でやりたいこと、描きたいことを書いている感じがする。

ドラゴンボールは、映画の掟の表現によれば、キャラクターが動き事件が重なっていくのを追う内に、結果としてサスペンス(物語)が生まれた、天才の術による奇跡の作品に属するだろう。
だが、結果として、物語全体は引き伸ばされてしまい、後半の方になるとあまりつじつまや収拾がまとまらなくなってしまった感もある。

ジョジョは、対極的に、サスペンスを機軸に、ひとつひとつの部ごとに始めと終わりがある程度構想され、
サスペンスをどう展開させるかーー物語のロジックをどう築きあげるかで、それぞれの物語を創り完結させてきた連作群なのだろう。


世評では、ジョジョは擬音やセリフ、ポーズなど「感性的」な表現が、ケレンミを持って面白おかしく取り上げられることが多い。
ダサイから、そういう取り上げ方は止めてほしいというのが一個人としての意見で、
荒木先生が敬愛するというイーストウッドの演出スタイルとも乖離しているように思う。

イーストウッドがつくる映画の、日常の凡事を積み上げ、ひとつひとつしっかりつくりあげていったその結果が異常に到る。
凡事徹底の積み上げが異常、ファンタジー、神話に昇華する。
ジョジョシリーズが描いている物語の真骨頂は、荒木先生が描くエピソードの積み重ねの、その地道な一コマ一コマの積み重ねにあるだろう。
ちいさこべえが描き始めている大工のありようも、また一朝一夕に、ケバケバしく派手な見てくれをつくれば良いというものではないはずだ。

ジョジョリオン杜王町と、ちいさこべえの下町と、それぞれがどんな町並みとなって物語を閉じるのか観察していこうと思う。