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ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

フェヒナーの法則と、不易流行

理数系の新書本を、雑学+中高科目の復習として、ときどき読み返すことがある。
京極一樹 著「中学・高校数学のほんとうの使い道」という本があり、なるほどと思わされる一節があった。


「人間の感覚は刺激の対数に比例する。これをフェヒナーの法則という。

フェヒナーは「100の刺激が100増加して200になる感覚と、200の刺激が200増加して400になる感覚は等しい」という事実を発見し、
心理的な感覚量は、刺激の強度ではなく、刺激の強度の対数に比例して知覚されると結論づけました。

フェヒナーの法則は、人間の幅広い感覚において正しいことが確認され、
音量の単位(デシベル)、ピアノの鍵盤の音階、星の明るさ(等級)などに適用されている」


ーーフェヒナーの法則の例を読んで連想したのは、
ドラゴンボールに代表される、少年漫画のインフレーション描写のことだった。

フリーザが「わたしの戦闘力は53万です」と宣言し、変身を繰りかえす度に戦闘力は倍々で膨れ上がる。
悟空の10倍界王拳は通用せず、元気玉でも倒せなかったところを、怒りでスーパーサイヤ人に目覚め、超絶化したその能力で、フリーザを打ち倒す。

戦闘能力(数値)のインフレーションは、倍々で数字が増えて、
もっとすごく、もっと強く、もっと激しい戦いでないと、読者の欲求は満足できなくなる。

ラディッツの戦闘力が仮に500だとして、それを上回るベジータの戦闘力が550では迫力不足で、
ナッパが1000、ベジータが5000、フリーザの兵隊は10,000を超える強者ばかり……と、
数字の波が高く高く盛り上がっていかなければ、ハイウェイをブッ飛ばすような高揚感・疾走感は得られない。

これは、スポーツマンガ ドカベンスラムダンクなどの全国優勝を目指し盛り上がっていく展開でも同じであるし、
もっと言えば、映画やマンガ、ヒットシリーズ 最新作に寄せる期待、新商品の開発、株式相場の運用などにも共通する、人間のサガだと思う。


ジョジョの場合は、ドラゴンボールキン肉マンなど、戦いの舞台がどんどんインフレしていく諸作品を見ていたためか、
トーナメント形式ではなく、スゴロク形式で旅を進め、目的地に向かってストーリーを盛り上げていく構造を採用した。

3部→4部→5部→6部…と、ストーリーの構造や目的を少しずつ組み換え、
マンネリにならず、能力や設定の単純なインフレーションに陥らないよう、作者が留意してきたことが伺える。

ただし、ジョジョの場合は、ジョナサンに始まるジョジョの血統が(ネタとして)行き詰ってしまったことと、
スタンド能力のネタ・描写がどんどん複雑化し、作者のさじ加減でバトルが決着する、モヤモヤした展開が増えていってしまった。


創作の物語でも、現実の商売でも、「同じことを長く続けて、マンネリにならず、良いものを残しつつ新しいことをし続ける」のは難しく、得難いことだと思う。

ジョジョの場合 6部で、物語の設定・ストーリー展開が複雑さを極めてしまったが、
一旦 全てをリセットし、近代の始まりの時代に立ち返ることで、7部・8部以降の展開が産み出された。

現実世界で、ファミコンのリセットボタンを押すようにクリアーなやり直しはできないが、
「不易流行」を追い求め、実践していきたいものだと思う。