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ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

東方定助は復活する

ジョジョリオンの連載 ダモカンの過去編が始まった辺りから、ウルトラジャンプをだいたい毎月買って読む習慣になっている。

月間でも週間でも、連載1回ごとに「引き」があって、次回の展開を想像する楽しみがあることは同じだ。
連載の合間を待つことはじれったくもあるが、コミックスの一気読みには無い、リアルタイムで体験する楽しみ、ヒマなときにあれこれ考える楽しみがある。
(テレビドラマの次回予告に焦らされたり、プロ野球ペナントレースの盛り上がりをジリジリ体験するのと、同じような感覚だろう)


 ***


ジョジョリオン 最新話(4月18日時点)は、ドロミテが康穂に追い詰められて、自白を開始した所で終わっている。

ドロミテの話までで、主人公の定助は、合計3回、水に沈んで生死の境をさまよってきた。
夏の海岸で、ジョセフミが溺れて死にかけたとき。
ジョセフミと吉良が、岩人間の襲来を受け、壁の目のそばに沈み込んだとき。
そして今回、ドロミテの策略で、六つ壁神社の池に沈みかけたときである。

3回 水に沈むたびに、いずれも、主人公は女性に助けられ命を救われている。
これは、面白いネタが思いつかないためのマンネリではなく、作者の意図による繰り返し、重ね合わせだと思われる。


たしか、ジョジョベラー 付属冊子のインタビューだったと思うのですが、荒木先生の発言で、
「定助のセーラー服は、漂流している人の象徴です」と述べられていたことがあった。

ここから先は、私自身の憶測、主観的な思い込みが入った見解なのですが、
ジョジョリオンの物語は、大きく2つの軸があり、
犬神家の一族」になぞらえた東方家の家督争いの物語と、3.11 東北大震災からの復興をテーマに定助を描く物語になっていると思う。

インタビュー等によれば、
ジョジョリオン 第1回めのネームを書き始めている頃に3.11 東北大震災が起こり、
「仙台の物語を描くにあたり、震災を無視することはできない」と、急きょ 壁の目の設定が付け加えられたそうである。

定助がセーラー服を着たまま記憶を失い、帰るところを探しさまよっている。
(震災の被災者では無い私が、あまり簡単に言うことはできないのですが)
東北の大震災、熊本の震災であったり、戦災、交通事故や犯罪被害、ガンや急病などさまざまな災厄。

記憶を失い、「定まるところ」を求めてさまよう定助の姿は、視点によってはとてもつらく、
そのつらさを中和するため、ボケたゆるいキャラクターが設定されているのかもしれない。


定助が地面の中に沈んでいくのは、(水木しげる風に言えば)「あの世」、死の世界へ沈んでいくことの象徴である。
そして、ホリーさんや康穂の手助けを借りて、そこから何度でも定助は復活する。

定助は死なない。

ジョジョリオンのラスト 私の予想ですが、
定助の記憶は最後まで戻らず、壁の目から蘇った後の記憶を基点に、康穂たちと新しい人生を歩み始める。

定助が4回目の水没をしたり、ロカカカの実を他人に分け与えて死んでしまったり、主人公が死んで終わるラストにはならないのではと思う。

記憶が無くなっても、住む家が思い出せなくなっても、仲間がいれば、きっと人生を歩んでいける。
震災からの復興に祈りを込めて、希望の持てるラストになるのではないか。そんな気がしている。

(常敏か憲助のどちらかは、因果応報の報いを受けて死んでしまうかもしれない。常秀やカレラは、大体あんな感じのキャラで終わるだろうと思う)

 

 

追伸:

上記の記事を書いた後、インターネットを検索してみたところ、

3.11と芸術というテーマにて、2014年 河北新報が、荒木先生のインタビューを行っていました。

宮城県NPOに勤務する方のブログで、3.11とジョジョリオンについて触れた記事です。よろしければご一読ください。

「オレは誰だ?」3.11に被災した杜王町をめぐるジョジョの奇妙な冒険。 - マンガHONZ