きっかけがあって、年末くらいから本腰を入れて、教育関係の勉強をしています。
教育関係の本とは別に、ジョジョやウルトラマン、プロ野球なんかの趣味に触れたりもするわけですが、
「ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか?」という本を読んだ読書メモ、連想を記します。
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河崎氏は映画監督で、円谷プロ的特撮に、ロリコン、プロレスなど作者の趣味を加味したB級コメディ作品をたくさん撮っているそうです。
下らない、バカバカしいお笑い的な本だろうと思って読み始めたのですが、読書前の予想は半分当たって、半分違っていた というところです。
全8章から成り立っていますが、表題 ウルトラマンのシュワッチの謎そのものは、3章までで解明されます。
その後 4章~6章までが「お笑いとしてのウルトラシリーズ」を、放送当時のTV・マンガ事情とあわせて解説する内容で、(1976年生まれの私には)知らない事が多く、新鮮でした。
7章は、いわゆるウルトラシリーズとウルトラマンシリーズ(新マン以降のシリーズ)の違いを概説するパートで、はっきりオタク向けですが、個人的には納得できる内容でした。
「ウルトラマンはなぜシュワッチと叫ぶのか」の解は、端的には、シュワッチの声を演じた俳優 中曽根雅夫氏の熱演に尽きます。
また、河崎氏自身の映画観・人生観と相まって「お笑いとしてのウルトラマン」の語り口には説得力があり、
こういう下らない、しかし人生の真実を一面突いている「考察」(=映像作品であり、その批評)は、なかなか世の中に残っていかないのだな…と、改めて感じ入ったのでした。
以下、同書の読書メモ、連想の箇条書きです。
・シュワッチ=SHWACH 「SHWAAAA…」から変化して、シュワッチに到った。
ウルトラマンの飯島監督によると、「GWAAAAOR」「ZHWAAAA」などアメリカンコミックの擬音表現から、宇宙的な新ヒーローにふさわしい掛け声を模索したらしい。
・アメリカンコミックの擬音表現をとりいれたマンガで、私が浮かぶのは鳥山明のドクタースランプ、そしてジョジョである。
ジョジョの擬音表現は、直接にはホラー映画の効果音、ヘビメタロックのギュンギュン来る感じをマンガに取り入れたものであるが、
ポップでアメリカンなテイストが取り入れられている点が、三者に共通していると思う。
・中曽根雅夫氏の友人である田中信夫氏、ウルトラマンの脚本家である金城哲夫氏、そして円谷プロの円谷 皐社長は、玉川学園の卒業生である。
玉川学園では、学校全体で演劇に取り組む文化があり、田中氏らは芝居の魅力にハマっていた。
・田中信夫氏は、かつてのジョジョのOVAでディオの役をやった声優さんである。
ウルトラマンとジョジョの縁が何となく繋がっているようで、少し嬉しい。
・本書の7章にて、「初代ウルトラマン=圧倒的なカリスマ、神、キリストであり、ティガ=人間が修行して神(仏)になる、ブッダ」になぞらえる一文がある。
・年末年始 ウルトラマンのアントラー、メフィラス星人の話、新マン 悪魔と天使の間に…、エース 最終回を観ていて、同じ感想を思っていた。
ウルトラマンが特別に宗教的な背景・示唆を示している訳ではないと思うが、そのときどきの作家さんのバックボーンがあり、滲み出るものの違いがあったのだと思う。
・堺正章と坂上忍のハッチャキダンスは、ジャケットを見ただけだが、いかにもウザい。
こういう感じのウザいテレビ番組と、お茶の水女子大学の系譜が監修・推薦する「おかあさんといっしょ」「しまじろう」のいずれか、2つしか存在しないならば問題だ。
幼児教材に「第3の道」は無いのだろうか。
・この本を読んでいて、(人名の勘違いがきっかけだが、)春日井恵一 著 「アカテン教師梨本小鉄」というマンガを思い出した。
・はじめ、ゴージャスアイリンなんかも掲載していたジャンプ増刊号に、梨本小鉄の読みきりが載っていた。
運動音痴なメガネ、野球部のマネジャーをやっていた(?)男子学生がいて、「僕だって、本当は野球チームに入って活躍したいんですよ!」みたいなことを言って泣く。
その涙と絶叫の表情、小鉄が反省してひとりつぶやくシーンをよく覚えている。
・梨本小鉄は、その後 週刊少年ジャンプに連載開始となり、最終回が、修学旅行に行く話だったと思う。
生徒たちが見る夢の中で、小鉄が坂本龍馬となり「日本の未来は明るいぜよ!」と大笑していた、その一コマをよく覚えている。
・「天に向かってつばを吐け!」と小鉄がつばを吐き、天からつばがついに落ちてこない。小鉄は天に赦されている というシーンがあった。
どういう意味で作者(=小鉄)は天につばを吐いたんだろうかと、今になって考える。
ーー梨本小鉄あたりの思い出をふり返ると、ほかに、当時の増刊号に、カマキリが巨大化して暴れるのと戦う話。
ゴージャスアイリンで大女が登場して、ネコを鉢植えに植えたり、男の顔を舌で舐めまわす気持ち悪さに、嫌悪感を感じた記憶がある。
梨本小鉄に限らず、男塾、北斗の拳、聖闘士聖矢、キン肉マンなんかの作品でも、心にひっかかるシーンというのがいくつかある。
聖闘士聖矢でシャカの術にかかった聖矢が、(仏教的な観点で)己の犯してきた罪をふり返る、一枚の扉絵。
キャプテン翼 フランス代表のキャプテンがドリブルしながら、ノートを破られるなどのイジメを受けるも、サッカーチームで友だちで得たことをふり返るシーン。
ほかにも、これらのマンガを手元に置いて読み返せば、「こんなことがあった」「このシーンを読んでこんなことを考えた」「これを読んでた当時、身近でこんなことがあった」
と思い返すことが沢山あるのだろう。
(少年ジャンプと離れてしまうが、)小学6年生くらいのとき、
学年誌か何かで「沢田ユキオが描いた、虹色に変化するビックリマンの7皇子」みたいなイラストグラビアを眺めていた。
そのそばで母親が誰かと「そろそろ、子ども達をどこの中学にやるか、受験のことを考えないといけないわね」みたいなことを話していて、
ビックリマンのグラビアを観て過ごしてるような子供時代は間もなく終わってしまうのか、と急に愕然としたことを思い出す。
何だかんだ言って、それから30年くらいが経ち、40歳を過ぎた今になって私はウルトラマンのDVDをじっくり観はじめたり、
沢田ユキオは当時から変わらず30年間、コロコロコミックに「スーパーマリオくん」を描き続け、ビックリマンもジョジョも、なんだかんだで命脈を保ち今に到る。
「おかあさんといっしょ」と「ハッチャキダンス」に続く「第3の道」、
私の場合は梨本小鉄でありジョジョであり、あまり上品でもなく元気一辺倒でもない、バロックな世界観をもって歩んできたのだと思う。