ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

死の恐怖を乗り越える  荒木先生のホラー映画論

荒木先生「ホラー映画論」を、発売時以来 読み返してみる。

 

ホラー映画を見る目的は、創作上の勉強に加えて、

死や暴力などさまざまな恐怖を見つめ、相対化し、乗り越えること。恐怖と対面するための予行演習にある。そしてまた、創作上の出来事として、恐怖を体験するシミュレーションを楽しむことにあるという。

 

自分自身は、ホラー映画のグチャグチャしたスプラッタ描写が嫌いで観てこなかったのだが、よく考えると、ジョジョが漫画上でやっているのは、まさに「これ」である。

1部 ツェペリさんが「人間賛歌とは勇気の賛歌、勇気とは恐怖を知り、我が物とすることじゃ」と発言する場面があるが、まさにこのことを指し示している。ジョジョの、荒木先生の創作の軸は25年来ブレていないことが伺える。

3部 ディオが恐怖の克服を説教しだす場面も、この理論を指し示している。4部 吉良の求める、安静な生活も恐怖の克服につながっているだろう。

 

荒木先生は、ホラー映画論の中で、あれこれきれいごとを語るよりも「人間、死ぬときは死ぬんだからさ」と肩をポンと叩かれるような感覚。そんなスマートな諦観が、ホラー映画にあるという。

井上直久さんが、イバラードの世界を描くときに「子供が泣きじゃくった後に訪れるような静けさ、ほの明るさ」と表現したことがあるが似た境地を表していると思う。

 

最近に、自分の慕っていた祖父が亡くなったので、「人間、死ぬときは死ぬんだからさ」とポンと肩を叩かれるこの言葉には、不思議なぬくもりを感じる。