ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

ジョジョは、なぜ気持ち悪いのか?

ジョジョをめぐる様々な感想を読んでいると、
「絵が気持ち悪いので、読みたくない」「生理的に気持ち悪くて敬遠していた(でも、一度読んでみると面白かった)」
というような感想を散見する。

岸部露伴のもとに届けられたファンレターでも
「気持ち悪いよ、アンタの絵!」「見るだけでムカつくマンガ。とくにカラーが嫌いだ」
と、(おそらく荒木先生の元に実際に届けられたのであろう)辛辣な感想が寄せられている。

自分も、ジョジョはたしかに気持ち悪い一面があると思うし、
サザエさんドラえもんのように、老若男女に等しく好まれるマンガでは無いと思う。
なぜジョジョは気持ち悪いのか? その理由を考えてみたい。


絵柄にクセがあり、ポーズや擬音が独特で、(見る人によっては)気持ち悪い。
コマ割りが独特、コマの中の構図も凝ってるというか見づらい時がままあり、読みづらく、グチャッとしている。
まずビジュアル面で、一目で分かる要素として、こんな所が挙げられる。

ビジュアルだけでなく、描かれる内容にも、大いに気持ち悪さの基がある。
第1部冒頭を読んでみても、いきなりアステカの女が生贄に捧げられ、御者は事故死、ダニーは痛烈に蹴り上げられる。
ジョナサンはディオに、精神的にも肉体的にも追い詰められ、過酷なイジメを受けていく。
こういった暴力的な要素に嫌悪感を持つのは、自然な生理的反応である。

ジョジョのバトルでは様々な肉体破壊・ダメージの描写がなされるが、
(ことはジョジョだけでなく、世間一般のホラー映画・アクション映画も同様だが)
これらの暴力描写は、現代に至るまで連綿と行われてきた刑罰・拷問の歴史をエンターテインメントとして再構成している部分がある。
中世社会で、刑罰・拷問は、人民に恐怖感を植え付けるために行われてきたのであるから、
これと同様の描写に、読者が嫌悪感を持つことは当然である。


それだけではない。
ジョジョが気持ち悪い最後の理由として、「オカルティズムへの傾斜」がある。
自分自身では、これが最も大きな、ジョジョが気持ち悪く思われる理由だと思う。

オカルティズムの個人的解釈は、以下の通りです。
「近代科学や法・社会的通念で定められた事柄から逸脱し、あるいはそれを超えようとする様々な試み」
「近代以前の科学、手法、観念によって、近代の問題を解決しようとする点に特徴がある」

スタンドや波紋法、吸血鬼や柱の男などの設定は言うに及ばず、
人間の心に潜む殺人鬼の闇や、宇宙の果ての特異点まで時間を進めたり。
ジョジョシリーズに組み込まれた種々の要素は、
平たく言えば「あやしく」、
また、その一見 荒唐無稽であるような諸要素を、もっともらしい理屈付けでエンターテインメントに仕立てあげる所に魅力があった。


このあたりがジョジョの微妙かつ絶妙な所で、
ただ単に気持ち悪いだけのマンガなら、誰も読まない。

ジョジョは、グロテスクな要素を存分に盛り込んでいるが、
これを科学的理屈付けでエンターテインメントに仕立て、
また、ジョナサンとその子孫が象徴するように、「人間の、正しく生きる道」も同時に物語に盛り込んでいる。
王道とオカルト、白と黒の絶妙なハーモニーが、ジョジョの魅力である。


1997年 斎藤環さんのインタビューで、(うろ覚えで恐縮ですが)
ジョジョは王道を行きながら実験的。健全な少年漫画でありながら、様々な創作衝動も盛り込まれており、その過剰な健全さが素晴らしい」
という意味の評価をされていたと思う。

自分も全く同感で、斎藤環さんほど上手く言えませんでしたが、
ジョジョは気持ち悪く、そして面白い」と思います。

また、荒木先生が2000年代初頭「ジョジョはアニメ化はしないと思う。子供に見せるマンガじゃあないんで」と発言していたのも、
おそらくこの辺りの文脈を踏まえたもので、
ちびまる子ちゃんドラゴンボールのような人気アニメが持つ健全さとは、資質が異なると見ていたのだろう。

そう考えると、2012年頃にあったジョジョ関連商品のブームは、たぶん珍しい現象だったような気がする。
かつてジャンプ(ジョジョ)を読んでいた20~30代くらいの大人向けの商品企画だったのではないかと思いますが、
今、深夜枠とは言え、ジョジョのTVアニメが放映され続けているのは、本来なかったことが起きてるような、そんな感慨すら覚えてしまう。