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ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

「ハリーの災難」 淀川長治がジョジョを語れば

ジョジョのルーツを探る

ヒッチコック監督の映画「裏窓」「ハリーの災難」を観た。

グレースケリーとシャーリーマクレーンを観たいと思ってこの2本を選んだのだが、
シャーリーマクレーンのような女優は昔からいたのだなあと感心し、グレースケリーは写真だけの方がいいという感じだった。

「ハリーの災難」は、ペンギン村に殺人事件が巻き起こったかのようなストーリーで、
秋の田舎の、山あいの柔らかい雰囲気がとても癒される。
登場人物たちが少しずつズルくて、しかし素朴な優しさも持ち合わせていて、全員が救われるラストがホッとする。

個人的に、「裏窓」ジェームズスチュワートの声と演技が苦手なこともあって、「ハリーの災難」の船長・芸術家により好感を持てた。

ハリーの災難は、一般的にブラックコメディーに属するということで、
少し毒を含んだ世界観、のんびりしながら不穏な感じが、
鳥山明の作品世界、ジョジョの世界にも通じるようでとても心地よかった。


「裏窓」の感想をネットで検索してみると、何やら難しい映画評論・分析がいくつか出てきた。
主人公(カメラ)の視点が、主人公の住む壁だけを映し出さないのはなぜか?とか、
セールスマンは果たして妻を殺害したのか否か、最後まではっきり分からないはずだとか、
映画評論家・物書きの人たちは、ずいぶん難しく考えているのだなと思った。

裏窓で、主人公(カメラ)の視点が最後に切り替わるのは、
主人公が「見る」ことで事件を追い詰めていったものが、最後 犯人に「見られた」ことで、2人の「見る」と「見られる」が交差することで、物語のクライマックスを一気に盛り上げようとしたものだろう。
セールスマンが妻殺しの犯人であったのは、物語の筋書として明らかなことで、深読みをしすぎじゃないかと思う。

 

上記諸氏の文章はとても凝っていて、ペダンチックで、教養溢れているのだけど、
どうも理屈っぽくて個人的には好みじゃない。
漫画や映画の評論だけじゃなく、凡百の哲学書や評論書を読んでもそんな感じだから、
アカデミックな世界で著作を発表するというのは、業界の内規・生き残りの処方みたいなのがあるような気がする。


日曜洋画劇場淀川長治さんの語り口は、アカデミックな評論とは対極にあるもので、
感情に訴えて、分かりやすく、作品の魅力や熱、匂いといった感覚的なものが伝わってくる。
何より、淀川さんは「映画が好きだ!」という想いが念頭にあって、その気持ちが端々から伝わってくるので、
「この人が面白いという映画なら、観てみようかな」とダマされようかなという気持ちにもなる。

ヒッチコック映画もジョジョも、素直に「面白い」と思って楽しめるかどうかが大切で、
作品のテーマや演出技術の素晴らしさ、作家がどんなことを考えて作品を作ったかの裏話などは、2番目以降の、裏に隠されているものだ。

先の記事で、ヒッチコックジョジョを比較分析できる本があれば読んでみたいーーと書いたのだけど、
冷静に考えると、映画製作者でもない自分が映像技術・演出技術のあれこれを分析しても只の知ったかぶりになるだけで、あまり意味は無い。

それよりも、面白いと思った分だけ、好きな映画やマンガを楽しめるということが、読者(受け手)にとって何よりの贅沢と言えるだろう。

他人の意見に左右されるのは良くないことだけど、
でも、淀川長治さんが生きていてジョジョを読んだら、どんな感想を述べるのか聞いてみたい気はする。
ヒッチコックが大好きだったそうなので、きっとジョジョも気に入るんじゃないか。
「こわいですね~、気持ち悪いですね~。この作者はもう、こわいこわいこわいことを考えて、観てる人を驚かせるのが大好きなんですね~」って感じだろうか?


ーーあまりまとまらない記事をムリにまとめると、
「ハリーの災難」はペンギン村・COWA!に通じるほのぼの系コメディーで、「サイコ」「鳥」と並ぶヒッチコック3大傑作に認定された。

ジョジョリオンは、のんびりしながら不穏な感じ、東方家の日常風景を描いていきたいのかなとは思うけど、
連載期間が長くて(リアルタイムに読む分には)どうも間延びしてしまってるのがネックだ。
「ハリーの災難」が90分で観終わるのに対し、ジョジョリオンのミステリーは連載期間4年・コミックス10巻分以上引っ張られてるので、待たされすぎて焦れてしまう。
ジョジョリオンのようなミステリー作品は、最後まで完結してから、通して一遍に読んだほうが向いてると思う。