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ジョジョ読者のブログ

ジョジョの奇妙な冒険の感想、批評、考察を書いています。

「プリンスのこの曲が、ジョジョのこの部分に影響を与えたんじゃないか?」 

ミュージシャンのプリンスが亡くなり、寂しい気持ちではあるが、生前に製作された楽曲が数多あり、
ipod プリンスのプレイリストを、たびたび聴き返して楽しんでいる。

プリンスとジョジョ、両者の作品をご存知の方には自明の事柄であるが、
ジョジョ荒木飛呂彦のマンガ作品)は、プリンスから大いに影響を受けている。

常に前向きでポジティブ・王道を追求するストレートな感じ、
新しいものを取り入れ、自分なりに咀嚼し見たことないものをつくろうとする進取の気風、
ビジュアルがちょっと気持ち悪く、違和感があり、しかしその異常な感じが馴れると心地よくなる、独自の個性を内包しているところなど。

荒木先生はプリンスと誕生日が同じ(プリンスが年齢のサバ読みを修正するまでは、同年同日の生まれだったらしい)で、
荒木先生がかねてよりプリンスの大ファンで、プリンスのクリエイティブを自作に反映させてきたとのことであるから、
両者の作品に通底したところがあるのは、当然のことなのかもしれない。

かつてタモリが、赤塚不二夫先生の葬式において「私は、あなたの作品です」と白紙の弔辞を読み上げたことがあったが、
プリンスであったり、イーストウッドであったり、白戸三平やシャーロックホームズが様々な大きな母胎となって、
ジョジョというひとつの作品を作り上げてきたのだと思う。

(創作の連綿と繋がる「流れ」を観察していると、創作は、個人の著作であると同時に人類の共同作業でもあり、
著作権を講じて経済的利益を保護する活動は、経営的に重要だが、創作行為の全てを捉えていないと思わされる。

もちろん、プリンスの楽曲やジョジョのマンガを著作権フリーにせよ、無料で全て公開せよ、と述べたい訳では無く、
よい作品にはお金を支払って、しっかり自分のモノとして楽しみたいと思うのだけど、
「(自分が)お金を稼げばそれでよい」という経済原理と、「よいモノを作りたい」という芸術の衝動は、そもそも次元が違うところの存在で、
両者をかすかに繋ぎ合わせる奇跡的媒介が著作権法であり、ドクターマシリトの鎮座する集英社なのだろう)


ーーこの記事では、普段 プリンスの曲を聴いている中で、
「プリンスのこの曲が、ジョジョのこの部分に影響を与えたんじゃないか?」
という私個人の思い付き、独断を記していきます。


・Controversy


Controversy, controversy

Listen, people call me rude
I wish we all were nude
I wish there was no black and white
I wish there were no rules


プリンスが述べる「白と黒の論争」は、白人と黒人の社会的・文化的摩擦でもあり、
(自分が、自分らしく在るための障害となる)社会のルール、他人が押し付ける縛りごとを指しているのだろう。

この一節を聴いていると、
ジョジョリオンの吉良が「白と黒」を峻別したがり桜次郎をイジメ倒すシーン、
ジョジョリオンの全体構想ーー白と黒の摩擦、(摩擦から生まれる)呪いをいかに解くかの物語ーーを思い起こす。


・1999

I was dreamin' when I wrote this So sue me if I go 2 fast
But life is just a party, and parties weren't meant 2 last
War is all around us, my mind says prepare 2 fight
So if I gotta die I'm gonna listen 2 my body tonight

Yeah, they say two thousand zero zero party over,
Oops out of time
So tonight I'm gonna party like it's 1999


世紀末 1980~90年代に青少年期を過ごした人でないと分かりづらいかもしれませんが、
「2000年のパーティーはもう間に合わない。だから、今 1999年のパーティーを開く!」
という切迫感、開き直ったかのような明るさは、個人的に心に沁みるし、とてもよく分かる。

57年の人生を仕事一筋で駆け抜けたプリンスと違って、
荒木先生は徹夜仕事はやらず、計画的に休養を取りながら仕事を進めていくタイプとのこと。
どちらが良い/悪いというものではないが、仕事は一生懸命やったほうがいいと、お二方の迫力に気圧されながら、地味な感想を抱く。



・Emancipation

ワーナーブラザーズとの契約の解消、結婚を果たした自らの新境地として発表されたアルバムが、Emancipationである。

同作のクライマックスに、One of Usがあり、こんなサビとなっているーー

Yeah, yeah, God is great
Yeah, yeah, God is good
Yeah, yeah, yeah, yeah, yeah!

What if God was one of us?
Just a slob (slave) like one of us?
Just a stranger on the bus
Tryin' 2 make His way home

Like a holy rollin' stone
Back up 2 heaven all alone



One of Usのこの一節を聴いていると、ジョジョの5部 ローリングストーンズのエピローグが連想される。
スコリッピが解説役となって、「眠れる奴隷」と「運命への目覚め、運命に準じること」の尊さを説く、一連のシーンである。

The Gold Experience~Emancipationの頃のプリンスのサウンド、楽曲に載せたメッセージに、
5部執筆時の荒木先生は励まされていたのではないかーーと、思わないでもない。



・The Rainbow Children (2016/5/11 追記)

最近になってはじめて、2000年代のプリンスの新譜を聴くことができた。
(The Rainbow Childrenと3121の2枚を入手した)


2001年発表のThe Rainbow Childrenは、1999年発表 Rave Un2 the Joy Fantasticの続編である。

Raveのラスト曲 Wherever U Go, Whatever U Doを引き継ぐ形で、The Rainbow Childrenは始まり、産まれている。


Wherever U Go, Whatever U Doに、こんな一節がある。

Wherever U R, think of your dreams
Oh please, remember life ain't always what it seems
4 each rainy day (rainy day)
That comes your way
The sun will come shining and U'll be okay
Keep on smiling - every girl and boy
Remember when U were children U had toys
Wherever U R, think of your dreams
Remember that dreams become the life U lead


これを引き継ぐ形で産まれたのがThe Rainbow Childrenであり、
同作のラスト曲 Last Decemberは、こんなサビで締めくくられるーー

In the name of the Father
In the name of the Son
We need 2 come 2gether
Come 2gether as ONE


プリンスはマイテと結婚した後、男の子を授かるが、病気のため、生後間もなく亡くなってしまったそうである。
プリンスの父親はジャズミュージシャンで、「プリンス」は本名、父親の在籍していたジャズ・バンド「プリンス・ロジャー・バンド」から命名されたという。

そして、ジャズは西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせにより発展した音楽であり、
父親から受け継いだジャズをベースに、
自らの音楽、父から自分へ、そして子供たち(未来の人類)に引継がれていくべきものを描いた作品が、The Rainbow Childrenであった。


ーー実のところ、私自身は、The Rainbow Childrenを一通り聴いてみたばかりのところなのですが、
オープニング曲 'Just like the sun, the rainbow children rise'から始まる一連の響き、
ラスト曲の異様な盛り上がり、悲しみと明るさに感動しているところである。
(Last Decemberは、虹のように、七色に変化する曲調がとても美しい)

2006年発表 3121も聴いてみたが、

一周回ってアクが抜けたというのか、40~50代の中年となったプリンスの、さわやかで、しかし濃厚な曲作りがちょうどいい按配で良い。


ジョジョとプリンスの類似性を求めて、上記の新譜をまず聴いてみたのですが、
表面的な部分でどこそこが似ているということは無い感じである。
(せいぜいが、ストーンオーシャンの終盤で、七色の虹を多用したカラーイラストが多く描かれたくらいだと思う)

しかし、両者のファンとしての目線で独断的な深読みを行っていくと、
ジョジョの5部・6部で、作者の表現主義的な描画(エゴン・シーレのような人物描画など)が高まり、
5部→6部で作者の観念論が高まり、深まっていったものの、幾分 自己中心的というか自意識過剰で、やがて行き詰まりに辿り着いた。

しかし、行き詰まりに辿り着いた時点で筆を止めるのではなく、さらに前に進め、
創作の原点に立ち返ることで、新たな作品を生み出すことを可能にし、一周回って、40~50代の中年として、以降の作品を描き紡いでいった。

ジョジョ 5部→6部へのバーンアウト、近代の始まりに立ち返っての西部劇→現代劇のリメイクは、
プリンス Emancipation → the Rainbow Children → 3121 1990年代~2000年代の作品製作と、符号が一致する部分があるように思う。


ーー私自身のウンチクはともかくとして、
プリンスの死去直後 ペイズリーパークは雨模様で、雨が上がって、空に大きな虹がかかったという。
偶然か必然か分からないが、
57年の人生を駆け抜けたプリンスが、自らの長男坊、そして未来の子供たちと共に、やすらかに空を昇っていったことを、陰ながら祈りたい。
日本語で伝わるのかどうかはよく分からないが、プリンスさん、素晴らしい楽曲をつくって届けていただき、ありがとうございました。