自分自身の好み・体験を振り返ろうということで、
私自身が遊んできたゲームの略歴を、まとめてみました。
年代順に、自分で買って遊んだソフトを箇条書きで並べています。
カッコ綴じになっているのは、友達から借りて遊んで、印象に残っているソフトです。
自分の遊んできたゲームを振り返る中で、懐かしい気持ちが湧きますが、
ジョジョを含めて「思い出のマンガ/ゲームは、ノスタルジーがあるから魅力的に思うのか?」と考えました。
年代一覧の後に、自分の連想を記しています。
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●任天堂との出会い ~1985年以前
ゲーム&ウォッチ、ファミコンのドンキーコングが近所で流行していたが、
液晶の小さな画面、黒っぽいモニタになじまず、自分ではやらなかった。
横井軍平氏のパズル「テンビリオン」が祖父の家にあり、時々いじって遊んでいた。
●1985年
クリスマス前後 親に、ファミコン本体と、キン肉マン・マッスルタッグマッチを買ってもらう。
父親の趣味で、同時にエキサイトバイクを入手した。
キン肉マンをはじめて起動したとき、緊張し、神聖な感じがしたが、
2016年の今も、あたらしくゲームを始めるときのワクワクした感じ、神聖な感じは変わっていない。
キン肉マン・マッスルタッグマッチ
エキサイトバイク
スーパーマリオブラザーズ
オバケのQ太郎・ワンワンパニック
忍者じゃじゃ丸くん
ハイパースポーツ
ジッピ―レース
●1986年
グーニーズ
忍者ハットリくん
(アトランチスの謎、影の伝説、マイティボンジャック)
ドラゴンクエスト
(魔界村、悪魔城ドラキュラ、1942)
スーパーチャイニーズ
じゃじゃ丸の大冒険
(がんばれゴエモン、高橋名人の冒険島、迷宮組曲)
プロ野球・ファミリースタジアム
水晶の龍
●1987年
ドラゴンクエスト2
エスパードリーム
もえろツインビー
ウルトラマン・怪獣帝国の逆襲
(ドラえもん、キングコング2、アルゴスの戦士)
夢工場ドキドキパニック
(ファンタジーゾーン、アルマナの奇跡、聖闘士聖矢、女神転生)
SDガンダム・スクランブルウォーズ
マイクタイソン・パンチアウト
(上海、ブロックくずし)
ファミスタ'87
1987年頃のクリスマスに、「おえかき せんせい」の最新版を買ってもらった。
タッチペンで描いた絵をテレビに映し出すことができ、データ保存はできなかったが、繰り返しモニターに絵を描いた。
●1988年
ドラゴンクエスト3
ナゾラーランド第3号
バイオミラクル・ぼくってウパ
(妖怪道中記、ドラゴンボール・大魔王復活)
ファイナルラップ
スーパーマリオブラザーズ3
(桃太郎電鉄、忍者龍剣伝、テトリス)
ロックマン2
●1989年
ワギャンランド
MOTHER
(スプラッターハウス)
ふぁみこんむかし話・遊遊記
●1990年
ドラゴンクエスト4
ドクターマリオ
ロックマン3
F-ZERO
●1991年
(いただきストリート)
(ウルトラマン SFC版)
シムシティ―
(ファイナルファンタジー4)
ゼルダの伝説 神々のトライフォース
ファミコンジャンプ2
●1992年
(ストリートファイタ-2)
スーパーマリオカート
ドラゴンクエスト5
ファイナルファンタジー5
●1993年
ジョジョの奇妙な冒険 SFC版
スーパーファミスタ2
●1994年
スーパーファミスタ3
MOTHER2
●1995年
実況パワフルプロ野球2
(クロノ・トリガー)
●1996年
実況パワフルプロ野球3
1996年 スーパーマリオ64、アークザラッド2が発売された辺りでゲームから離れる。
家族が上記タイトルをプレイしていたが、自分もやってみようとは思わなかった。
●1999年
ジョジョの奇妙な冒険 プレイステーション版
●2013年
子供が6歳になった年、ニンテンドー3DSを買い与える。
ルイージマンション2
●2014年
(ポケットモンスターY、妖怪ウォッチ1・2、ソニックロストワールド 子供のヘルプに入る)
●2015年
子供がWiiUを入手。ヴァーチャルコンソールで、レトロゲームを再プレイし始める。
MOTHER1・2(再プレイ)
リンクの冒険
スーパーマリオメーカー
ロックマン2(再プレイ)
MOTHER3
●2016年 1月まで
ドンキーコング
ゼルダの伝説
ゼルダの伝説 神々のトライフォース(再プレイ)
エスパードリーム(再プレイ)
スーパーマリオUSA(ドキドキパニックの再プレイ)
悪魔城ドラキュラ
***
ーー以上です。
振り返って見ると、自分の好みはいたって普通で、
「マリオ」と「ドラクエ」、レースゲーム、野球ゲーム、ジョジョなどのキャラクターゲームである。
キン肉マンを楽しみ、オバQに引っかかったことで、以降 クソゲーには注意し、
ファミコン通信の情報を頼るなどして、慎重にゲームを選ぶようになった。
1985~1995年に、40本くらいのソフトを買っているが、
(小遣いを含めて)親のお金で買ってもらっており、両親にはあらためて感謝しなければならない。
「マリオ」と「ドラクエ」、両者の含む内容を解きほぐすと、
横井軍平→宮本茂に引継がれる、アクションの操作性とパズル的な謎解き、対人対戦を楽しむアクションゲーム。
堀井雄二・鳥山明のつくりだした、物語に入り込んで体験するRPGということになるのだろう。
ゲーム略歴を書き起こして気づいたのだが、自分の「ゲーム選択の基準」には2つあり、
ドクタースランプ/ドラゴンボールに連なる「かわいいキャラクター・世界観のもの」、
ジョジョの系譜にある「ホラー、オカルト、ロックのテイストが入ったカッコいい、恐ろしい感じのもの」。
自分のマンガ読書歴はドクタースランプ/ドラゴンボール→ジョジョと続いていったので、
マンガの好みとゲームの好みが、およそピッタリ一致しているのが面白かった。
人間の人格・精神性は幼少期に養われて、根本の人格はよくも悪くもずっと変わっていないのかもしれない。
私自身は1976年生まれで、1980年代 小学生の時が、もっともゲームに熱中していた。
中学→高校に進学し、1996年に成人するときまでに、段階的にゲームから離れていったように思う。
ゲーム略歴を見ると、平成以降 ゲームのプレイ本数が減り、遊んだのはシリーズものばかりになる。
表を見ていると、テレビゲームのシリーズ化・マンネリ化に飽きていった記憶が蘇る。
ーージョジョを含めて「思い出のマンガ/ゲームは、ノスタルジーがあるから魅力的に思うのか?」、
いわゆる思い出補正はどのくらい強いものなのか、という問いであるが、
私自身は、思い出補正=ノスタルジーの有無と、作品の面白さは全くの別物だと思う。
レトロゲームーードンキーコング、スーパーマリオブラザーズ、ゼルダの伝説、ロックマン2etcーーを遊んでみて、
2016年の今 はじめてプレイしたものも、20数年ぶりにプレイしたものもあるが、
それぞれのゲームの面白さは、「今、プレイしている瞬間」に感じるもので、ゲームプレイの瞬間瞬間にしかゲームの面白さは生じ得ない。
ファミコン時代の「名作」ゲームは、グラフィックやSEが素朴、ボリュームが少ないなどの難点はあるが、
そんな難点をいつのまにか忘れて、ゲームの世界にプレイヤーを引きずりこむ術に長けている。
横井氏がアイデアマン、オモチャづくりの稀代の名人であり、
宮本氏が工業デザイナーのセンスと知識をもって、ゲームシステム・ゲームデザインをしっかり作り込み、
「ストーリーでは無く、ゲームで勝負する」「資金量ではなく、アイデアで勝負する」ところにファミコン時代の任天堂の強みがあった。
ゲームでもマンガでも、あるいは小説や映画、スポーツやレクリエーションでも同じだと思うが、
人間の行為は、今 その瞬間にそれを行い、それを楽しむものである。
今 なにかをしている瞬間に、過去や未来のことをあれこれ考える余裕は無く、
目の前にある対象に取り組む、頭の中に今あるものを外に描き出す、その連続こそが人生なのだろうと思う。
ジョジョやゼルダ、ドラクエ マンガ・ゲームの傑作は、いつ読んでも(プレイしても)面白い。
昔読んで面白くなかったものが、今読んで感想が変わることはあまり無い。
自分の子供を見ていても、子供の直観は鋭く、だいたいの場合は正しい。
宮本茂氏は、かつて松本人志との対談で、
「子供はバカじゃない。知識の量が足りないだけで、彼らにはちゃんと知性がある」と語り、
(「ゲームは女子供を適当にだまして売りつけるようなものだろ?」という)社会の無理解に憤っていた。
宮本茂は、本気で子供のためにゲームを作っている、この人たちの作るゲームはやはり信頼できる、と思った瞬間でした。
ゲーム・マンガは、基本的に子供のためのもの、あるいは子供の心を持った大人に向けた娯楽・文化なのだろうと思います。
40近い中年の自分が、マンガやゲームの感想を大っぴらに語るのは、少し気恥ずかしい思いもあるのですが、
昔を懐かしみながら、また未来への憧れを常に抱きながら、ゲームやマンガにこれからも触れ合っていきたいと思っています。
追伸:
今更ですが、任天堂の開発史についてご存じない方もあるかと思います。
任天堂の元社長 山内 溥氏の語録(http://crossing.blog.eonet.jp/blog/yamauchi.html
)、
横井軍平 - Wikipedia(牧野武文氏による一連の著作がおススメです)、
宮本茂と松本人志のインタビュー 書き起こし(http://blog.livedoor.jp/zot3six/archives/6324546.html)です。
各リンクをご参照いただけましたら幸いです。