最近 さるきっかけがあり、ひらけ!ポンキッキの後継番組「ガチャムク」がBSフジで放映されているのを知って、日曜日の朝 これを視ている。
ひらけ!ポンキッキは自分が幼少のとき感銘を受けた番組で、大人になってから調べた後付けも含めて、当時の制作者たちの本気、志やアイデアにうならされた番組だった。
身近なところでは、スティービーワンダーやビートルズの曲が短い映像のBGMに使われていて、青少年になってから、あの曲はこれだったのか!と気付いたことが何度かあった。
1980年代のテレビ番組は今 振り返るとテンポが速く、予算も豪華で、ビートたけしの出ているもの、ひょうきん族、ポンキッキ、フジテレビの制作放映しているものを好んで見ていた。
ひょうきん族のエンディングに流れていた曲で山下達郎をはじめて聴いた気もするので、ここ20年ほど フジテレビをあまり視ないが、当時のフジテレビ、少年ジャンプが自分に与えた文化的影響は大きかった。
ポンキッキは1990年代中盤にリメイクされ、ポンキッキーズとなったが、コニーちゃんのじゃんけんを見て、いかにも幼児風、子供だましだな と思った記憶がある。
文句をつけつつもポンキッキーズも少しは視ていて、和田アキ子の歌うよく分からない歌はスルー、鹿賀たけしの歌うジャナイを聴いて、ジャナイのほうはシングルCDを買ってしまい、やたら黄色いジャケットだったことを覚えている。
ガチャムクは1970年代当時 ポンキッキ草創期の楽曲、コニーちゃんのじゃんけん、今日現在のことばあそびなどが入っていて、
私からすると、3世代の映像が入り混じっているような、記憶が地層になってミルフィーユとして提供されているような、そんな不思議な感想がある。
自分が孫を持つようになって、自分、自分の子供、孫 3世代を重ねて見るような体験をすれば、そんな感慨を持つのかもしれない。
ガチャムクを視ていると、ガールズガールズの2人がダンスをしながら、パタパタママ、みんなともだち、イーアルカンフー ポンキッキのヒットソングを歌って踊るコーナーがある。
「およげ!たいやきくん」 子供のとき聴いて、あまりに毎日 ポンキッキで流されるので、繰り返しにうんざりした記憶がある。
この曲も、大人になってからキンクスのサニーアフタヌーンで元ネタ(?)を発見し、大人になって意外な再会をした。
(この記事を書きながら振り返ってみると、ポンキッキで聴いた曲に大人になって再会したというより、ポンキッキの頃に聴いた曲が、その後の音楽的嗜好、趣味の基盤を作った といったほうが妥当、適当かもしれないと思う)
およげ!たいやきくん 子供のときは辛気臭い歌だな と思っていて、
サラリーマンが脱サラして失敗する というストーリーは幼児ながらに理解したし、
繰り返し聴くにつれ、広い海に出て泳いだのならそのまま好きに生きればいいじゃないか。ショボイ奴だな という趣旨の感想を持つようになった。
今 聴いてみると、毎日 鉄板の上で焼かれているなら、焼かれたあとに廃棄処分にならず、その次の日も鉄板で焼かれ直すのはおかしくないか?
海で釣りあげられ、見知らぬオッサンに食べられた後 たいやきはどうやって生き帰り、だれにむかってこの歌詞をつぶやいたのか? と、どうでも良いつじつま合わせの疑問も湧く。
たいやきくんが自由を求めて海に飛び出し、楽しいようで思うがままに生きられず、最後は小汚い見知らぬ他人に食べられてしまう哀しみ。
幼稚園に通っていた頃 自分が抱いた感想は、見知らぬオッサンに食べられる哀しみ、残念さが先に立っていて、大人になったオッサンが聴くと、自らの人生の履歴と重ねて、演歌調にしみじみとする。
たしかにこの歌はよく出来ている。制作者に想定外のヒットを飛ばしたのも納得できる と改めて感じた。
この曲をいま 聴いて、自分をたいやきくんに重ねて、オレの人生 思うままにはならないな とションボリすることは無い。
無いがしかし、この歌のうたっているテーマは運命論、ジョジョ5部 ローリングストーンズのエピローグで作者が描き説いていた、あの運命論のテーマにピッタリである。
およげ!たいやきくん 哀切のあるメロディーと歌詞は、必ずしもヒーローになれない、おっさんおばさんとして生きるしかない、中年に向けた人生賛歌なのだろう。